国際相続における多重課税リスクと日米租税条約の活用について

目次

1.はじめに

国際化が進む現代、海外に資産を持つ日本人も増え、相続の場面で「国際相続」が身近な問題となってきました。しかし、国境を越えた相続には思わぬ落とし穴が潜んでおり、そのひとつが「多重課税」のリスクです。

たとえば、日本とアメリカの双方で課税対象とされてしまい、同じ財産に対して二重に相続税がかかるといったケースが発生します。このような多重課税を防ぐため、両国間では「日米租税条約」が締結されており、一定の制度的な救済措置が講じられています。

本記事では、国際相続における多重課税の仕組みとその対処法、そして日米租税条約の具体的な活用方法について、東京都江東区および沖縄県那覇市の皆さま向けに、実務的な視点から分かりやすく解説します。

2.多重課税とは何か?

多重課税とは、同一の所得または財産に対して、複数の国の税務当局が課税を行うことを指します。

相続において多重課税が起こる典型的な例は以下のとおりです。

  • 被相続人が日本在住で、アメリカに不動産を所有していた
  • 相続人がアメリカ在住で、日本にある金融資産を取得した

これらの場合、日本では相続人が日本に住所を有していれば、日本国内外を問わずすべての財産に課税されます(無制限納税義務者)。一方、アメリカでもアメリカ国内に所在する財産について課税されることがあります。

結果として、一つの財産に対して日本とアメリカの両方で相続税が課される可能性が出てくるのです。

3.日米租税条約の基本構造

日米租税条約とは、日本とアメリカの間で、二重課税を防止することを目的とした条約です。所得税や法人税に関する規定が中心ですが、相続税や贈与税に関する取り決めも存在します。

相続に関しては、1989年に発効された「相続税及び贈与税に関する日本国とアメリカ合衆国との間の条約」(以下、「日米相続税条約」)が該当します。この条約では、以下のような原則が定められています。

3-1 管轄国の原則

  • 不動産:その不動産がある国に課税権がある。
  • 動産や金融資産など:被相続人の居住地国が優先課税権を有する。

3-2 税額控除による救済

もし二国間で課税対象が重複した場合は、一方の国で支払った相続税を、他方の国で税額控除として認めることができます。これにより、実質的な二重課税が回避される仕組みが整っています。

4.実務上の適用例

4-1 事例1:被相続人が日本在住、アメリカに不動産あり

被相続人:日本在住 相続人:日本在住 相続財産:アメリカに不動産(評価額5,000万円)

この場合、

  • アメリカでは「アメリカ国内に所在する財産」として相続税課税対象
  • 日本でも「全世界資産」に課税

→ まずアメリカで相続税を支払い、日本の相続税申告時に「外国税額控除」を活用してアメリカ分を差し引く。

4-2 事例2:相続人がアメリカ在住、日本に資産あり

被相続人:日本在住 相続人:アメリカ在住(永住権あり) 相続財産:日本の不動産、預貯金など1億円相当

この場合、

  • 日本で通常通り相続税申告
  • アメリカでも、相続人の居住地として課税の可能性あり

→ 日本で納税し、アメリカでの申告時に日本で支払った税を控除対象として申告すれば、多重課税は回避可能。

5.相続税の外国税額控除の手続き

外国で相続税を支払った場合、日本の相続税申告書において「外国税額控除に関する明細書」を添付することで、その分の税額控除を受けることができます。

ただし、

  • 相続開始日から10か月以内に申告
  • 外国の税額が確定していない場合は、見積額で仮申告を行い、後に修正申告

この手続が漏れると、後から控除を受けることが困難になるため、慎重な対応が必要です。

6.日米租税条約の注意点

6-1 不動産の取扱い

アメリカにある不動産は原則としてアメリカ側に課税権があり、日本の税額控除で調整します。これを見落として、日本側でのみ申告してしまうと、アメリカから課税通知が来る場合があります。

6-2 生前贈与との関係

相続だけでなく、生前贈与にも条約が適用されます。特にアメリカ市民が受贈者の場合、日本国内の資産でも米国贈与税の対象となる可能性があるため注意が必要です。

6-3 通貨と評価額のズレ

アメリカの相続税評価額と日本の評価額(路線価等)では、大きく差が出ることがあります。控除額の計算にはそれぞれの評価方法が用いられるため、税務署や専門家と協議が必要です。

7.専門家の活用がカギ

国際相続、特に日米間の相続では、

  • 相続税の評価
  • 外国税額控除の手続
  • 現地申告との調整

といった複雑な問題が同時並行で発生します。

東京都江東区や沖縄県那覇市でも、近年こうした案件が増加しており、税理士・弁護士・行政書士が連携して対応するケースが増えています

相続税申告や遺産分割協議と併せて、租税条約の知識を持つ専門家に早期相談することが、最も有効なリスク回避策です。

8.まとめ

国際相続では、相続財産の所在国と相続人の居住国によって、複数の国で課税が行われることがあります。日米租税条約は、そのような多重課税を緩和するための重要なツールであり、適切に活用することで大きな節税効果と法的リスクの軽減が可能です。

相続発生後に慌てることのないよう、早い段階から資産状況を整理し、相続対策を講じておくことが求められます。

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