海外資産の相続放棄・限定承認と現地法との関係〜国際相続の実務と注意点〜

目次

1.はじめに

近年、外国に資産を保有する方が増え、相続においても海外の不動産、預金、株式などを含む「国際相続」が身近なものになってきました。
しかし、国内の相続手続とは異なり、海外資産が関わる場合には、日本の民法だけで完結せず、現地の相続法や税制との関係が非常に重要です。
とりわけ「相続放棄」や「限定承認」のような選択的手続を行う場合には、現地法との整合性を確認しなければ、想定外のリスクが生じかねません。

この記事では、日本の相続制度と海外資産が絡む場合の対応の基本、そして「相続放棄」「限定承認」が海外資産に及ぼす影響、さらに現地法との関係性について、実務上の注意点を交えて解説します。

2.相続放棄・限定承認とは何か

まず、日本国内の制度を整理しましょう。

2-1 相続放棄とは

相続放棄とは、被相続人の財産を一切引き継がないという選択です。家庭裁判所に申述し、受理されることで、初めから相続人でなかったことになります。
借金などの負債から免れることができる反面、プラスの財産も一切受け取ることはできません。

2-2 限定承認とは

限定承認とは、被相続人の財産から債務を差し引いた残りの範囲内でのみ相続する制度です。
「財産より借金が多いかもしれないが、確証がない」というときの救済手段ですが、相続人全員が共同して家庭裁判所に申述しなければならず、手続は相対的に複雑です。

3.海外資産がある場合の基本的な考え方

では、相続財産に海外の資産が含まれていた場合、上記の相続放棄や限定承認はどう扱われるのでしょうか。

重要なポイントは、「相続放棄・限定承認の効力がどこまで及ぶのか」、すなわち「日本での申述が海外でも認められるか」です。
ここに国際私法や各国の相続法との関係が出てきます。

3-1 準拠法(どの国の法律が適用されるか)

日本の国際私法(法の適用に関する通則法)によると、相続に関する準拠法は原則として「被相続人の本国法」とされます(通則法第36条)。

つまり、被相続人が日本国籍であれば、相続財産の所在地に関係なく、相続関係については日本法が適用されます。ただし、これは日本国内での法解釈です。
実際に海外資産のある国が、その準拠法(日本法)を認めるかは、各国の判断に委ねられます。

3-2 二重の相続手続が必要になる可能性

たとえば、ハワイに不動産がある場合、日本で相続放棄をしたとしても、ハワイの裁判所がそれを認めるかどうかは別問題です。
日本での手続はハワイに対して法的拘束力を持たないため、ハワイ法に基づいた相続放棄の手続を、改めて現地で行わなければならないことがあります。

つまり、相続放棄・限定承認を「海外資産にも適用したい」場合は、原則として「現地の法律にも従った手続」が必要なのです。

4.各国の例と実務上の対応

以下は、代表的な国・地域における相続放棄・限定承認の取り扱いの一例です。

4-1 アメリカ(州によって異なる)

アメリカでは州ごとに民事法が異なります。例えばカリフォルニア州では、相続人が自発的に放棄(Disclaimer)を行う手続がありますが、日本の家庭裁判所のような制度はなく、宣誓供述書を現地の裁判所に提出します。

また、限定承認に類似する制度は存在しない州もあり、債務超過の可能性がある場合には、不動産を含む遺産の整理には特別な清算手続(probate)を通す必要があります。

4-2 中国

中国では相続放棄制度は明確に存在し、遺産相続の開始を知った日から60日以内に「放棄の意思表示」が必要とされています。
ただし、手続は厳格で、書面での届け出や証拠提出が求められます。

4-3 フランス

フランスでは「限定承認(acceptation à concurrence de l’actif net)」が制度化されており、日本よりも一般的な制度です。
また、放棄(renonciation)も可能で、公証人のもとでの手続きが求められます。

このように、国によって制度の有無や実務上の手続が大きく異なります。

5.実務で気をつけるべきポイント

5-1 海外資産の把握と評価を早期に行う

まず大切なのは、相続財産の全体像、とくに海外にある資産を早期に把握することです。現地通帳、不動産登記、証券口座などの調査が必要になります。

また、その評価額も、放棄や限定承認を検討する上での重要な判断材料になります。

5-2 相続放棄・限定承認の判断を日本で済ませない

仮に日本で家庭裁判所に申述し、相続放棄・限定承認が認められたとしても、それが海外で自動的に認められるわけではありません。
現地の制度を確認し、現地の法律事務所や司法書士、公証人と連携することが不可欠です。

5-3 現地手続と日本手続を連携させる

海外資産がある相続では、日本と現地の両方で相続人が異なる立場に立つこともあります。
たとえば、日本では相続放棄したが、現地では何もしなかった結果、現地資産だけ負担義務が残るといった事態も。

このような齟齬を防ぐには、日本の相続手続と現地の手続きをタイミングよく連動させる必要があります。

6.専門家に相談を

海外資産が含まれる相続では、日本の行政書士・司法書士だけでなく、現地の弁護士、公証人との連携が不可欠です。
特に相続放棄や限定承認を検討している場合は、対応が遅れると、不要な責任を負ってしまうおそれがあります。

東京都江東区や沖縄県那覇市の方でも、海外資産をお持ちのご家庭は珍しくありません。早めに専門家へ相談し、二重のリスクを回避しましょう。

7.まとめ

海外資産のある相続において、相続放棄や限定承認は慎重に判断する必要があります。
日本の制度をそのまま海外にも適用できるとは限らず、現地法との整合性を保つことが求められます。

重要なのは「早めの調査と準備、そして専門家との連携」です。

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