家族信託と任意後見を実際に併用した契約書の設計ポイント~制度の“すき間”を埋める現実的な文案設計とは~

高齢期の資産管理や老後の生活支援において、家族信託任意後見制度を併用するケースが年々増えています。
しかし、制度そのものの理解はあっても、「どう契約書を作れば両立できるのか」「どんなポイントに注意すべきか」が分からず、設計に悩む方も多いのではないでしょうか。

今回は、東京都江東区や沖縄県那覇市での活用を前提に、実際の契約書作成で重視すべき条項・文言・整合性の取り方を中心に、具体的な設計ポイントを丁寧に解説します。

目次

1. なぜ契約書設計が重要なのか?

家族信託も任意後見も、「本人の判断能力があるうちに締結する契約」です。
いずれも同じ当事者が関与しますが、それぞれの契約目的や内容は異なるため、設計がちぐはぐになると後々トラブルの原因になります。

たとえば、

  • 信託契約で受託者に財産管理を委ねたのに、任意後見契約でも同じ財産の管理権限を記載してしまう
  • 信託財産に含めた不動産について、任意後見契約で賃貸・売却に関する記述がなされている

といった場合、どちらの契約が優先されるのか不明確になり、運用に混乱が生じる恐れがあります。

2. 家族信託と任意後見、それぞれの契約構造の理解

家族信託契約の基本構成

  • 委託者:信託を設定する人(本人)
  • 受託者:財産を預かり管理・処分する人(通常は子)
  • 受益者:利益を受ける人(本人または他者)

【主な条項】

  • 信託財産の範囲(例:自宅不動産、預金口座)
  • 財産の管理・処分方法
  • 信託の終了事由と帰属権利者の指定
  • 会計報告の義務

任意後見契約の基本構成

  • 委任者:本人(将来、判断能力が衰えることを想定)
  • 受任者:後見人となる予定者(通常は子や信頼できる親族)
  • 監督人:任意後見開始後、家庭裁判所が選任

【主な条項】

  • 任意後見開始の条件(医師の診断・家庭裁判所の判断等)
  • 管理すべき財産の範囲
  • 身上監護の範囲(介護契約、施設入所手続など)
  • 医療同意権限の範囲(契約上明記はできるが法的効力には限界あり)

3. 併用時の基本的な設計原則

原則1:信託財産と後見対象財産は「重複させない」

家族信託で管理する財産(=信託財産)は、受託者が完全に管理権限を持つため、任意後見の対象財産からは除外するのが原則です。

契約書には、以下のような文言を盛り込みます。

  • 任意後見契約書において:
     「本契約に基づく受任者の権限は、信託契約に基づく受託者の権限と重複しない範囲において行使されるものとする」
  • 家族信託契約書において:
     「本信託の信託財産に関する管理・処分権限は、受託者に専属するものとし、任意後見契約に基づく受任者はこれに関与しない」

原則2:受託者と任意後見人は「同一人物」とするのが望ましい

受託者と任意後見人が別々の人物の場合、管理上の連携に支障が出る可能性があります。特に本人の意思能力が低下した後は、受託者と任意後見人が相互に不信を抱く事例も実務上あります。

そのため、両方を一貫して同一人物に設定することで、以下のようなメリットが得られます。

  • 本人の意向に沿った統一的な管理が可能
  • 家族間の混乱を避けられる
  • 家庭裁判所への報告・申立ても円滑になる

原則3:万一のために「代理人条項」や「後任者条項」を明記する

信託や後見契約は長期にわたる可能性があるため、受託者や任意後見人が途中で辞任・死亡するリスクにも備える必要があります。

  • 信託契約には「後任受託者の指定」「選任手続」を記載
  • 任意後見契約には「補充受任者」「予備的な契約者」の記載が有効

4. 実際の文例で見る設計ポイント

以下、契約書で活用される典型的な条項文例をご紹介します。

(1)契約の整合性を明確化する文言

任意後見契約書の一例

「甲(委任者)は、令和〇年〇月〇日付で乙(受任者)との間に信託契約を締結しており、本契約に基づく受任者の権限は、信託契約により乙が受託者として管理する信託財産には及ばない。」

家族信託契約書の一例

「本信託における信託財産は、受託者が専属的に管理・処分するものとし、他の法的契約(例:任意後見契約等)により管理権限が重複する場合でも、本信託契約が優先されるものとする。」

(2)包括的な身上監護条項

任意後見契約において、信託でカバーできない「身上監護」について、できるだけ具体的に列挙します。

「受任者は、甲が高齢・病気等により身上監護が必要となった場合には、介護施設の契約、医療機関との連絡調整、生活支援サービスの利用手続き等、甲の生活の全般的支援を行う。」

5. 設計時の注意点と実務上の盲点

医療同意は“できる限り”の記載にとどめる

任意後見契約では医療同意に関する法的効力は限られます。たとえ契約書に「延命治療の拒否を代理する」などと記載しても、医療現場で実行されるとは限りません。

→別途、尊厳死宣言書事前指示書(リビングウィル)などを用意しておくのが実務上有効です。

信託財産に「自宅」を含める際の検討

自宅不動産を信託する場合、本人が居住し続ける権利(=使用貸借権)を明記しないと、第三者から追い出される可能性がゼロではありません。

→契約に「本人が生涯にわたり無償で居住する」旨を明記し、場合によっては使用貸借契約書を別途作成するのが安全です。

6. 江東区・那覇市での実例や傾向

東京都江東区では、資産規模が比較的大きく、マンション等の不動産を含む信託契約のニーズが強くなっています。その一方で、「医療・介護面の意思決定に家族が関与できるようにしたい」という理由から任意後見を併用するご家庭が増えています。

沖縄県那覇市では、親族間の結びつきが強く、地域包括支援センターなどと連携して任意後見人を選任するケースもあり、家族信託との併用がスムーズに進む傾向があります。

7. まとめ

家族信託と任意後見の併用は、適切な契約書設計によってこそ、真の効果を発揮します。

項目設計上のポイント
財産の管理範囲信託と後見で重複しないように
担当者の人選原則として同一人物が望ましい
文書間の整合性優先順位や対象の範囲を明示
医療・介護への対応信託では対応不可、後見で補完
将来の備え後任者や補充人の設定を忘れずに

制度の表面的な理解だけでなく、契約書という「運用の土台」をどう整えるかが、実務では極めて重要です。

設計に迷ったときには、法的・実務的な視点からアドバイスができる専門家に早めに相談することをおすすめします。

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