
建設業を営む上で、決算書は二つの重要な役割を持ちます。
一つは、銀行や信用金庫などの金融機関が融資判断を行う際の基礎資料としての役割。
もう一つは、建設業許可申請や更新時に添付する財務諸表としての役割です。
同じ「決算書」でも、金融機関が注目するポイントと、建設業許可で求められる内容は必ずしも一致しません。場合によっては、金融機関向けには高評価となる決算書が、建設業許可用には修正や再構成が必要なケースもあります。
この記事では、両者の違いと、その両立を図るための実務的な工夫について、江東区や那覇市の建設業者の皆様向けに解説します。
1. 金融機関が見る決算書のポイント
銀行や信用金庫は、融資審査において「返済能力」と「信用力」を重視します。
具体的には以下の項目に注目します。
(1) 収益性
- 売上総利益率(粗利率)
- 経常利益の安定性
- 営業利益が赤字か黒字か
金融機関は、将来の返済原資を生み出せる力があるかを見ます。単年度の利益だけでなく、過去3期程度の推移も確認します。
(2) 安全性
- 自己資本比率(総資産に占める自己資本の割合)
- 借入金依存度(有利子負債の割合)
- 流動比率(短期支払能力)
特に中小規模の建設業者では、自己資本比率が低すぎると融資評価に影響します。
(3) キャッシュフロー
- 営業キャッシュフローのプラス・マイナス
- 運転資金の回転期間(売掛・買掛・在庫の回転日数)
利益が出ていても、資金繰りが逼迫していれば融資は難しくなります。
(4) 継続性
- 受注状況や手持ち工事の規模
- 主要取引先との関係性
- 過去の返済履歴(信用情報)
2. 建設業許可の財務諸表が見るポイント
一方で、建設業許可の財務諸表は、行政が企業の健全性と最低限の財務基盤を確認するための資料です。金融機関のように将来の返済能力まで詳細に分析するわけではありませんが、許可取得のための基準があります。
(1) 財産的基礎
- 自己資本額が500万円以上であること
または
一定の金融資産を保有していること
(2) 会計区分の正確性
建設業会計特有の勘定科目で表示する必要があります。
(例)
- 「売掛金」→「完成工事未収入金」
- 「買掛金」→「工事未払金」
- 「仕掛品」→「未成工事支出金」
これは税務申告用の決算書から組み替えが必要な部分です。
(3) 事業年度の直前期を基準にする
許可申請時には直前事業年度の財務状況で判断されます。過去数年の比較ではなく、直近1期の財務諸表が重視されます。
(4) 表記単位
- 千円単位(大規模企業は百万円単位)で記載
- 「2,000,000円」は「2,000(千円)」とする
3. 両者の違いを整理すると
項目 | 金融機関向け決算書 | 建設業許可の財務諸表 |
目的 | 融資の返済能力や信用力を判断 | 許可取得に必要な最低限の財務基盤を確認 |
評価期間 | 過去3期程度の推移を重視 | 直近1期のみ |
勘定科目 | 税務会計の区分に準拠 | 建設業会計の区分に組み替え |
評価項目 | 収益性・安全性・キャッシュフロー・成長性 | 自己資本額・財産的基礎の有無 |
表記単位 | 円単位 | 千円単位(大規模は百万円単位) |
4. 両立を図るための工夫
建設業者としては、金融機関にも行政にも好印象を与える決算書作りが理想です。以下の工夫で両立が可能になります。
(1) 工事台帳と会計データの連動
工事別の収益・原価を正確に管理し、金融機関向けには業績安定性を、許可用には正しい勘定科目で示せます。
(2) 期末の資産評価を適正化
- 過大在庫や過少計上を避け、資産評価を正確に
- 貸倒見込み債権は早めに処理し、自己資本を健全化
(3) キャッシュフローの改善
- 売掛金回収サイトの短縮
- 外注先や仕入先への支払条件の見直し
- 運転資金の効率化
これは金融機関評価の向上に直結します。
(4) 決算組み替えの二段階方式
- 税務申告用の決算書をまず完成
- その後、建設業会計に組み替えて許可申請用財務諸表を作成
これにより両者の要件を満たせます。
5. 江東区・那覇市の事業者が意識すべき背景
江東区の場合
- 大規模プロジェクトや公共工事も多く、金融機関の評価は厳しめ
- 建設業許可があることで公共入札参加資格の維持が容易になるため、財務諸表の正確性が必須
那覇市の場合
- 離島輸送コストなど特殊事情があり、利益率確保が課題
- 地元金融機関は地域密着型で、数字だけでなく経営姿勢も評価対象
まとめ
金融機関が見る決算書と、建設業許可の財務諸表は、目的も評価ポイントも異なります。しかし両者を適切に両立させることで、許可取得・維持と資金調達の双方で有利になります。
そのためには、
- 工事別会計の整備
- 正確な資産評価
- キャッシュフロー管理
- 二段階組み替え方式
を実践することが重要です。
江東区や那覇市で活動する建設業者の皆様も、こうした視点を踏まえて決算準備を行えば、許可申請と融資審査の双方で安心できる経営基盤を築くことができます。