
建設業許可を申請する際、多くの事業者がぶつかる壁が「税理士が作る決算書(税務決算)」と「建設業許可に提出する財務諸表(建設業用様式)」との違いです。双方は同じ決算数字に基づきますが、目的や区分、表示方法が異なるため、単純に税務用の決算書を添付して終了、とはならないことが少なくありません。
ここでは、実務でよくある違いを整理し、税理士とのやり取り(依頼時のチェックリスト、スケジュール、作業分担)、不備を避けるための具体的な注意点を、東京都江東区・沖縄県那覇市の事業者向けにわかりやすく解説します。
1.そもそも目的が違う、税務と許可で何を見ているか
税理士が作る決算書は「税務申告」が目的です。税額計算や税務調整(例えば減価償却の方法、交際費の扱いなど)を優先します。一方、建設業許可用の財務諸表は「事業の継続性・財産的基礎(自己資本)等を行政に示す」ためのもので、建設工事に関する取引を明確に表示することが求められます。つまり、
- 税務用:税法に基づく科目・調整(税負担最適化が目的)
- 許可用:建設業の実態(工事別の未収・未払等)を明確化することが目的
この差が「読み替え作業」を生みます。
2.主な相違点(代表的な読み替え・調整)
以下は実務で頻出する項目です。税務決算から許可用へ移す際は、必ずチェックしてください。
- 売掛金 → 完成工事未収入金(建設工事に起因する未収分を明示)
- 買掛金 → 工事未払金(建設工事に紐づく未払を区分)
- 仕掛品・棚卸 → 未成工事支出金(工事進行分の資産計上)
- 売上高 → 完成工事高(工事収益を工事ごとに把握)
- 経費の帰属(社内経費の按分)→ 工事原価/販管費の振替が必要な場合あり
- 表示単位:円→千円単位での記載(四捨五入規則の確認)
加えて、税務上の「損金算入」や「引当金扱い」は、許可用にそのまま反映されないことがあります。たとえば未払保証費用や将来の修繕引当などは、許可書式では補足説明が必要なケースがあります。
3.税理士に依頼する際の実務フロー(推奨)
- 事前打合せ(申請日時・目的の共有)
- 「建設業許可申請用に財務諸表の組替が必要」だと明確に伝える。許可の種類(知事・大臣、一般・特定)も共有する。
- 税務決算(税理士作業)完了・試算表受領
- 試算表/貸借対照表/損益計算書(税務ベース)を受け取る。
- 建設業向け組替作業(税理士または連携行政書士と分担)
- 工事別明細、未成工事支出金の内訳、完成工事高の集計表を作成する。
- 照合と調整(申請用B/S・P/L作成)
- 税務決算と許可用財務諸表の差額について「差異表」を作成し、説明資料を添付する。
- 最終チェック(千円単位、署名・押印の確認)
- 様式の注意点(千円単位、用紙形式)を確認して渡す。
標準的な期間は、税務決算完了後から許可用組替まで2〜3週間程度を目安にしてください。余裕を見て1ヶ月程度確保するのが安心です。
4.依頼時に税理士へ渡す・依頼するチェックリスト(実務表)
下記項目を依頼メールや打合せで明確化しておくことで、齟齬を防げます。
- 申請予定日(提出期限)と提出先(都道府県名・管轄)
- 必要様式(国交省統一様式か都道府県様式か)
- 単位(千円)と四捨五入のルール確認
- 出力してほしい資料:試算表、総勘定元帳、借入金明細、未払金明細、売掛金明細、減価償却一覧など
- 工事別の原価データ(工事台帳・請求書・契約書の提示)
- 「許可用」組替の作業を税理士が行うか、行政書士が担当するかの役割分担
これらを事前に示すと、税理士も作業範囲と報酬感をつかみやすくなります。
5.申請用に準備すべき補助資料(税理士に依頼して作る・揃える)
- 決算書(税務用)と試算表
- 工事台帳(工事ごとの収支・進捗)
- 直近事業年度の請求書・入金記録(完成工事高の裏付け)
- 未成工事支出金の内訳(材料・外注・労務等)
- 売掛金・買掛金・未収・未払の明細(顧客別、工事別)
- 銀行残高証明書(必要時)や借入金明細、リース契約書等
- 社長借入や役員貸付金の明細(自己資本の説明で必要な場合あり)
これらは単に作るだけでなく、「税務決算との整合性」を示すための照合表を用意することが重要です。
6.よくあるトラブルと回避策
- トラブル:税理士が「税務決算だけ」で完了し、組替を依頼していなかった。
回避策:申請用の組替作業を依頼時に明確化する。 - トラブル:工事別データが整備されておらず、未成工事支出金の算定に時間がかかる。
回避策:平時から工事台帳を整備し、請求書や工事写真を保管しておく。 - トラブル:千円単位への四捨五入ルールで端数処理が揺れる。
回避策:行政窓口での受け取り基準を確認し、税理士と統一ルールを決める。 - トラブル:税務上の引当金や特別損失を許可用でもそのまま計上してしまう。
回避策:税務処理と許可用処理の差異を差異表で明示し、補足説明を添付する。
7.実務で使えるメール文例(税理士への依頼テンプレート)
件名:建設業許可申請用の財務諸表作成の依頼(提出予定:20XX年YY月ZZ日)
本文:
お世話になります。○○建設(代表:山田太郎)です。
当社は20XX年YY月に建設業許可(○○県知事 一般建設業)を申請する予定です。
つきましては、税務決算(20XX年X月期)を基に、建設業許可提出用の財務諸表(貸借対照表・損益計算書・完成工事原価報告書)への組替えをお願いしたく存じます。
お願いしたい作業
・税務決算試算表の出力(総勘定元帳含む)
・売掛金・買掛金の工事別内訳表作成
・未成工事支出金の内訳(材料・外注・労務)作成
・税務決算との差異表(税務→申請用)作成
期日:20XX年MM月DD日までに一次ドラフトを希望します。
必要書類は当方で用意します(工事台帳、契約書、請求書等)。
作業範囲・報酬・納期についてご確認いただけますでしょうか。よろしくお願いいたします。
8.まとめ(実務的アドバイス)
- 税理士は強い味方ですが、「建設業許可用の組替」は依頼の“明示”が必要です。
- 平時から工事台帳や工事別請求書を整理しておくと、許可申請の負担が大きく減ります。
- 税務決算と許可用財務諸表の「差異表」を必ず作成し、行政に説明できる体制を整えましょう。
- スケジュールは余裕をもって。決算完了後1〜4週間は組替作業に要することが多いです。
建設業許可は「書類の精度」と「説明責任」が問われます。税理士と早めに連携し、作業の範囲と期日を明確にすることで、申請はぐっとスムーズになります。必要であれば、当方(行政書士)も税理士との橋渡しや書類作成のサポートをいたしますので、お気軽にご相談ください。