
任意後見制度は、将来、認知症や判断能力の低下に備え、自ら選んだ信頼できる人に財産管理や身上監護を委ねる仕組みです。
しかし、制度の設計や運用を誤ると、かえってトラブルや家族間の不信感を招く事態にもなりかねません。
特に東京都江東区や沖縄県那覇市といった都市部では、資産内容や家族関係が多様化しており、制度を形式的に整えるだけでは不十分な場面も増えています。
この記事では、任意後見開始後に起こりうる主なトラブル事例を踏まえながら、事前に取っておくべき対策を実務目線で詳しく解説します。
1. 任意後見制度の基本構造
まずは制度の概要を簡単に振り返っておきましょう。
- 任意後見契約は、本人(委任者)が判断能力があるうちに、将来の代理人(任意後見人)を決め、公正証書で契約します。
- 判断能力が低下した後、医師の診断書に基づいて家庭裁判所に申し立て、任意後見監督人が選任された時点で、任意後見が正式に開始されます。
- 任意後見人は、監督人の監督の下、本人のために財産管理や生活支援を行います。
2. 任意後見開始後に起こりやすいトラブルとその原因
トラブル① 任意後見人と家族の対立
任意後見人が財産をどのように使うかについて、他の親族が不満を持つことがあります。
- 「兄が任意後見人だけど、母の通帳から自由にお金を使っている」
- 「妹が父の介護費用を十分に出してくれない」
主な原因
- 財産の使途について、家族内での説明不足
- 任意後見人に対する信頼関係の欠如
- 監督人の監視が形式的になっている
トラブル② 任意後見人による不適切な財産管理
- 任意後見人が被後見人の口座から不適切な支出をしていた
- 適切な帳簿管理や報告を行わず、後に親族から不正を疑われる
主な原因
- 任意後見人が法的義務や責任を十分に理解していない
- 会計処理がずさん、もしくは主観的
- 監督人によるチェックが甘い
トラブル③ 本人の希望が反映されない
- 施設入所、介護方法、住居売却などに関して「本人の生前の希望と違う」判断がされる
- 医療や終末期の対応を巡る家族間の食い違い
主な原因
- 任意後見契約書の記載内容が抽象的
- 本人の意思を記録する書類が存在しない
- 「家族会議」等による共有がなされていない
3. 任意後見トラブルを防ぐための5つの実務対策
対策① 任意後見契約書に詳細な業務範囲を記載する
契約書における文言の抽象性は、運用時にトラブルの元になります。
次のように、**「何をしてよいのか/してはいけないのか」**を明確に規定することが大切です。
具体的な記載例
・自宅の売却は、家庭裁判所の許可を得た上で、被後見人の明確な意思確認または本人の生活環境維持が困難な場合に限る
・生活費の支出上限は月額30万円を超えないものとする
・子への金銭援助は原則として行わない
対策② 本人の希望を別紙「生活支援方針書」として残す
医療方針・介護・施設選定・財産処分など、本人の意思を具体的に記した「生活支援方針書」や「任意後見実施マニュアル」を別紙で作成します。
記載例
・自宅での生活を最優先し、可能な限り施設には入らず、訪問介護を利用したい
・延命治療は希望しない。胃ろう、人工呼吸器は使用しない
・娘○○には、金銭ではなく思い出の品を引き継いでもらいたい
これにより、任意後見人の判断に迷いが生じたときの基準になります。
対策③ 家族間での情報共有と“合意形成”
契約締結後は、関係する家族や親族に契約内容を説明し、合意を得ておくことが重要です。
- 任意後見人の役割と権限
- 任意後見監督人が付くことによるチェック機能
- 家族の関与の範囲(情報共有の頻度、方法など)
後になって「知らなかった」「なぜ自分でなくあの人が後見人に?」という不満が生じないよう、事前の合意形成は欠かせません。
対策④ 任意後見監督人の適切な選任を求める
任意後見人の行動をチェックするためには、任意後見監督人の選任が重要です。
- 家庭裁判所に対して、弁護士や司法書士、行政書士など信頼性と実務経験を持つ人物の選任を希望として伝えることができます。
- 監督人がしっかり機能することで、後見人の行動に「緊張感」と「透明性」が生まれます。
対策⑤ 信託と併用することでリスクを分散
任意後見制度は、あくまでも「法律行為の代理」が中心です。
財産の管理・承継については、家族信託との併用でリスク分散が可能です。
- 資産は家族信託で管理し、日常的な判断支援を任意後見で補う
- 信託では売却や投資なども柔軟に対応可能
→ 詳細は「任意後見と家族信託の併用事例」の記事をご参照ください。
4. 江東区・那覇市での実際の事例
【事例①】江東区在住の80代男性(高齢単身)
任意後見人に友人を指定したが、契約内容があいまいで、金銭使途を巡って親族と紛争に。
→ 任意後見監督人が選任された後も不信感が拭えず、信託に切り替えて再構築。
【事例②】那覇市の60代女性(認知症リスク)
家族で定期的に「任意後見ミーティング」を実施し、契約内容を見直しながら運用。
→ 本人の希望通り、施設選定もスムーズに進み、信頼関係を維持。
5. まとめ
任意後見制度は、将来の不安を取り除くための有力な法的手段ですが、「開始後」の設計と運用にこそ真の難しさがあります。
以下の5つの対策を丁寧に講じることで、トラブルを未然に防ぐことができます。
トラブル回避策 | 具体的なポイント |
契約書の明確化 | 財産管理内容や権限範囲を具体的に記載 |
本人の意思表示 | 生活支援方針書などで生前の希望を残す |
家族との共有 | 合意形成による不満の芽を摘む |
監督人の工夫 | 経験豊富な専門職を裁判所に希望 |
他制度との併用 | 家族信託と併用し機能分担する |
制度を“作って終わり”ではなく、“運用し続けられる”ための工夫こそが、安心の未来につながります。