認知症になったら遺言は書けない?今できる“将来の備え”とは

人生100年時代。医療の進歩により、私たちは長く健康に生きられるようになってきましたが、それに伴って増えているのが「認知症」のリスクです。
内閣府のデータによれば、65歳以上の約6人に1人が認知症を患っており、将来的にはその割合がさらに高まると見込まれています。

そんな中、「親が認知症になる前に相続の準備をした方がいいのでは?」
「もし認知症になってしまったら、遺言書は無効になるの?」

といった疑問や不安の声が多く聞かれます。

今回は、認知症と遺言書の関係、そして今からできる対策や制度について、専門的な視点からわかりやすく解説します。


目次

認知症になると遺言書は書けない?

結論から言うと、認知症になってしまうと、遺言書は原則として無効になるおそれがあります。

遺言書は、財産をどう分けるかを自分の意思で決める「最終の意思表示」です。
したがって、その内容が有効とされるには、遺言者本人が「意思能力(判断能力)」をしっかり持っていることが求められます。

【意思能力とは】

・自分の財産の内容と価値を理解できている
・誰にどの財産を遺すのか、意味と結果を理解できている
・遺言内容が自分の意思であることを説明できる

この意思能力が不十分と判断されると、たとえ書面が整っていても、遺言書は無効とされる可能性があるのです。


では、どの程度の認知症なら遺言が無効になる?

医学的に「軽度認知症」と診断された方であっても、時期や状況によっては、まだ遺言能力が認められることがあります。
一方で、「中等度以上」になると、意思能力の欠如を理由に、無効とされるリスクが高まります。

遺言が作成された時点での本人の精神状態が争点になることが多く、実際の遺産争いの場面でも、
「その遺言は認知症になった後に作成されたものだから無効だ!」という主張が頻繁に見られます。

つまり、「元気なうちに備えておく」ことが最大のリスク対策です。


今からできる“将来の備え”とは?

将来、認知症を発症してしまった後では、多くの相続対策が制限されてしまいます。
そこで、今からできる備えを3つの柱で紹介します。


【1】公正証書遺言を作成しておく

自筆証書遺言も有効ですが、やはり法的に確実で安全性が高いのは「公正証書遺言」です。
公証人が作成に関与し、本人の意思能力についてもチェックするため、
後になって「無効だ」と争われるリスクが格段に下がります。

また、証人2人の立ち合いもあるため、作成時の状況が記録に残るのも安心材料です。

ポイント

・公証役場で正式に作成(全国対応)
・原本は公証役場で保管されるため紛失の心配なし
・家庭裁判所での「検認」手続きが不要

※東京都江東区や沖縄県那覇市にも多数の公証役場があります。アクセスしやすい場所を利用しましょう。


【2】任意後見制度の活用

将来、判断能力が低下した場合に備え、あらかじめ「任意後見契約」を結んでおく制度です。
これは「まだ元気なうち」に信頼できる人(例えば家族や専門家)を自ら選び、将来の財産管理や身上監護を委任しておくものです。

どんなときに使うのか?

・認知症で銀行口座の管理ができなくなった
・不動産の売却や名義変更が必要になった
・老人ホームへの入所契約など、本人では手続きが困難

契約は公正証書で行い、実際に発効されるのは「認知症が進んで判断能力がなくなった」と家庭裁判所が認めたときです。


【3】家族信託(民事信託)という選択肢も

近年注目されているのが、家族信託(民事信託)という制度です。

これは、自分の財産を信頼できる家族に「信託」という形で託し、
認知症になってもその家族が財産を管理・運用・処分できるようにする仕組みです。

例えば、将来認知症になっても、
・家族が自宅を売って施設費用に充てる
・アパート経営を継続する
・毎月の生活費を信託口座から取り崩す
などの管理がスムーズに行えるようになります。

遺言とは異なり、「生前から」機能し始めるのが大きな特徴です。


実際にあったトラブル事例

【事例1】父が認知症になってからの遺言は無効?

東京都江東区の70代女性は、父が亡くなった後、父の遺言書をめぐって兄弟と争うことに。
遺言書には「すべての財産を長女に相続させる」とありましたが、作成時にはすでに父は軽度の認知症を患っていました。

兄弟は「その遺言書は無効だ」と主張し、裁判に発展。
最終的には、遺言作成時の診断書や公証人の記録により有効と判断されましたが、家族関係に大きなしこりが残りました。

【事例2】口座凍結で施設費が払えない

沖縄県那覇市の60代男性は、認知症を患った母親の介護施設の費用を、母親名義の預金から支払おうとしたところ、口座が凍結され引き出せない状態に。

成年後見人を申し立てるまでに時間がかかり、施設への支払いが滞ってしまったことで、母親が退去を迫られる事態に

→ 事前に家族信託や任意後見を準備しておけば、避けられた事例です。


「まだ元気だから大丈夫」では遅い

認知症は突然始まるものではありません。
しかし、自覚しにくいのが特徴です。

また、「親が元気なうちに、相続の話をするのは気が引ける」と思って先延ばしにするケースもありますが、
いざという時にできることが限られてしまうのが現実です。


まとめ 元気な今こそ“未来の安心”を形にする

  • 認知症になると、遺言書の作成や資産管理が制限される
  • 元気なうちに「公正証書遺言」「任意後見契約」「家族信託」などの対策を講じておく
  • トラブル回避には、制度を正しく理解し、実行に移すことが重要

自分自身や家族の人生を守るために、遺言や財産管理の対策は「今」こそ必要です。
先のことに思えても、元気なうちの備えが将来の安心と家族の笑顔につながります。

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