家族信託(民事信託)は、財産管理や承継に関する非常に便利な手段ですが、デメリットも存在します。以下に、その主なデメリットを詳細に解説します。
1. 意思能力を喪失した後では利用できない
家族信託を設立するには、まず委託者が信託契約を締結する必要があります。この契約の成立には、委託者が十分な意思能力を持っていることが前提です。つまり、意思能力が欠如している場合、例えば認知症が進行してしまった後では、家族信託を利用することはできません。これは民法上の規定に基づき、契約が無効とされるためです。
認知症の初期段階や軽度な症状であれば、家族信託を利用できる可能性がありますが、症状の進行速度やその予測が困難であるため、早めの対策が推奨されます。認知症と診断されている方でも、状況に応じて家族信託の利用が可能な場合もあるため、一度専門家に相談することをお勧めします。
2. 損益通算ができない
家族信託の最大のデメリットの一つは、損益通算ができない点です。損益通算とは、赤字の所得を他の所得から差し引くことで課税される所得を減少させる制度です。しかし、家族信託を利用すると、信託財産から生じる不動産所得に対して損益通算を行うことはできません。つまり、信託財産に含まれる収益不動産の赤字は、信託されていない収益不動産の黒字から差し引くことができません。
このため、大規模な修繕が予定されている不動産を信託する際には注意が必要です。信託することで、通常よりも多くの所得税を支払うことになる可能性があります。収益不動産を信託する際には、事前に税理士に相談し、慎重に判断することが重要です。
3. 節税対策にはならない
家族信託は、直接的な節税効果を期待するものではありません。家族信託を設定したからといって、税金が減るわけではないからです。信託財産の内容やその設定方法によって、課税される税種が変わるため、家族信託と税金の関係を理解し、適切な設計を行う必要があります。
4. 信託できない財産がある
家族信託には、信託できない財産が存在します。主なものとして、農地や年金受給権が挙げられます。農地は農地法により信託できません。また、年金受給権そのものを信託することもできません。ただし、年金が振り込まれる口座は信託財産に含めることができますが、年金受給権自体の信託は不可能です。そのため、年金が振り込まれる口座の利用に関して注意が必要です。
5. 成年後見制度でしかできないこともある
成年後見制度は、意思能力を喪失した場合に、身上保護(住居の確保、生活環境の整備、介護・福祉施設への入居、医療・入院に関する契約など)を行うことができます。家族信託は財産管理が主な目的であり、身上保護には対応していません。従って、身上保護が必要な場合には、任意後見制度を併用する必要があります。
成年後見制度は申立てから手続き完了までに時間がかかりますが、時間をかけてでも利用可能な場合があります。家族信託と成年後見制度の特性を理解し、必要に応じて併用することを検討することが重要です。
6. 税務申告の手間がかかる
家族信託を利用して信託財産から年間3万円以上の収入がある場合、受託者は税務署に信託計算書や信託計算書合計表を提出する義務があります。また、不動産所得がある場合には、確定申告において不動産所得用の明細書と信託財産に関する明細書を別途作成して提出しなければなりません。税務申告に不安がある方は、税理士などに相談しておくことが望ましいです。
7. 長期にわたって受託者が拘束される
家族信託のメリットの一つに、財産を何代にも渡って承継させることができる点があります。しかし、これは裏を返せば受託者が長期間にわたり契約に拘束されることを意味します。信託契約が開始すると、受託者は契約内容に従って財産管理を行う必要があり、場合によっては数十年にわたる管理を続けることになります。受託者には毎年1度、信託契約に係る帳簿や書類の作成と報告義務も発生します。
長期にわたる信託は契約が複雑化し、思いがけないトラブルが発生するリスクもあります。そのため、家族信託を検討する際には、この点も考慮し、家族との話し合いを十分に行いながら設計することが望ましいです。
8. 受託者が暴走する危険性がある
家族信託では受託者に大きな権限が与えられるため、委託者の意思に反する管理を行う可能性があります。受託者には信頼の置ける人物を選ぶ必要がありますが、暴走を完全に防ぐことは難しい場合もあります。権限を明確にし、信託の範囲を制限することで対策を講じることができますが、場合によっては成年後見制度の方が適していることもあります。
9. 遺留分侵害額請求の対象となる場合がある
家族信託契約が遺留分を侵害する内容である場合、法定相続人から遺留分侵害額請求をされる可能性があります。2018年9月12日に東京地方裁判所が遺留分の潜脱を目的とした家族信託契約を無効とした判例もあります。遺留分侵害は相続トラブルに発展しやすいため、信託契約書を作成する際には遺留分への配慮が必要です。また、信託で承継させる予定のない相続人には、遺言や生命保険などで別途対策を講じることも有用です。
家族信託は、財産管理や承継に非常に有効な手段ですが、そのデメリットについても十分に理解した上で、適切な対策を講じることが重要です。家族の状況に応じた最適な選択をするためには、専門家と相談しながら進めることが推奨されます。