相続財産に借金が含まれていた場合の遺言執行者の対応と責任とは?

遺言執行者という役割には、相続財産の管理や分配、登記手続きなどさまざまな実務が伴いますが、相続財産に「借金(債務)」が含まれていた場合、遺言執行者はどのように対応すべきなのでしょうか。

不動産や預金といったプラスの財産の処理に比べ、借金の処理は遺言執行者にとって判断が難しい場面が多く、かつトラブルに発展しやすい領域です。本記事では、相続財産に借金が含まれていた場合の遺言執行者の法的責任と実務上の対応ポイントについて詳しく解説します。

目次

1.遺言執行者の基本的な職務とは?

遺言執行者は、遺言書の内容を実現するために相続財産の管理・処分を担う者です。民法1012条では、遺言執行者の義務として以下のような業務が定められています。

  • 遺言内容の履行
  • 財産目録の作成と相続人への交付
  • 財産の名義変更、登記
  • 財産の引き渡し・分配
  • 借金などの債務処理 など

つまり、相続財産に借金が含まれている場合にも、それを含めた全体像を把握し、適切に処理する責任があるのです。

2.借金が含まれる遺産の遺言執行はどう違うのか?

(1)債務の内容を正確に把握する必要がある

借金も相続財産の一部です。したがって、遺言執行者はまず、次のような情報を可能な限り正確に把握する必要があります。

  • 債権者名(金融機関、個人など)
  • 借入金の契約日・内容
  • 未返済残高
  • 担保の有無
  • 保証人の有無
  • 分割・一括の返済条件

これらの確認には、被相続人宛の郵便物や通帳履歴、借用書、金融機関からの残高証明書などを調査する必要があります。

(2)遺言の内容があっても、債権者には拘束力がない

たとえば遺言書に「長男がすべての債務を相続する」と書かれていても、債権者にとっては無関係です。債務は相続開始と同時に法定相続分に応じて当然に承継されるというのが民法の原則です。

つまり、債権者は相続人全員に対して、法定相続分に応じた債務の返済を請求できます。

(3)遺言執行者は相続人間の「求償関係」の調整も担う

たとえば、ある相続人が全額を弁済した場合、他の相続人に対して求償権(法定持分に応じた負担分の請求権)が発生します。遺言書に「他の相続人に対して求償しない」と明記されていれば、遺言執行者はその旨を履行しなければなりません。

3.遺言執行者の実務対応 借金が含まれているときの流れ

(1)相続財産調査と債務の全容把握

まず遺言執行者は、相続財産全体の調査を行います。財産目録には、次のようにプラスの財産とマイナスの財産の両方を記載します。

例:

  • 預金 3,000,000円
  • 不動産 10,000,000円
  • 借入金(〇〇銀行) -4,000,000円
  • 未払医療費 -200,000円

債務が大きく、明らかにマイナス財産が上回る場合には、相続人が相続放棄や限定承認を検討する可能性もあるため、できるだけ速やかに相続人に内容を知らせる必要があります。

(2)相続人への情報提供と協議

遺言執行者は、債務の存在と遺言内容を説明し、相続人に以下のような判断を仰ぐことになります。

  • 遺言の内容どおりに借金を承継するか
  • 全員で按分するか
  • 相続放棄・限定承認をするか

特に限定承認を希望する相続人がいる場合、相続開始から3か月以内に家庭裁判所へ申述しなければなりませんので、遺言執行者の迅速な動きが求められます。

(3)債権者への連絡・返済交渉

相続人の意思に基づき、債権者に対して返済条件の相談や一括弁済の手続きを行います。遺言書に債務承継の具体的記載がある場合には、そのコピーを提出し、事情説明をします。

ただし前述のとおり、遺言書の内容は債権者を拘束しないため、交渉が不調に終わることもあります。

4.遺言執行者の責任と注意点

(1)情報開示義務

遺言執行者は、相続人に対して財産目録を交付する義務があります。債務を把握していながら一部の相続人に隠すような行為は、損害賠償請求の対象となり得ます。

(2)誤った債務処理による損害責任

たとえば、本来存在しない債務を誤って返済してしまった場合や、相続人が限定承認を検討していたのに早まって債務返済をしたような場合、遺言執行者に過失が認められれば損害賠償責任を負う可能性があります。

(3)複数債権者間の調整

債務が複数存在する場合、どの債務からどのような順番で返済するのかについても、資産の状況と遺言内容に応じて適切に判断する必要があります。任意整理や一括弁済など、債権者と協議する場面も多くなります。

5.相続人と遺言執行者の協力体制が不可欠

遺言執行者は独立した存在ではありますが、相続人の理解と協力があって初めてスムーズな遺言執行が実現します

借金の存在は相続人にとって心理的負担も大きく、感情的な対立を引き起こすことも珍しくありません。遺言執行者が中立的な立場で、誠実かつ迅速に説明責任を果たし、信頼関係を築くことが非常に重要です。

6.まとめ 借金相続こそ、専門家の支援を

相続財産に借金が含まれていた場合、遺言執行者には以下のような複雑な業務が課されます。

  • 借金の正確な把握と開示
  • 相続人の意向確認と法的判断
  • 債権者との交渉・調整
  • 損害責任を負う可能性のある判断

そのため、遺言執行者として指名された方が相続や債務の専門知識を持たない場合、行政書士や弁護士などの専門家にサポートを依頼することを強く推奨します。

また、これから遺言書を作成される方にとっては、「借金があるかもしれない」「借金の処理まで明記しておきたい」という状況であれば、初めから専門家を遺言執行者に指定しておくことがトラブル回避に直結します。

目次