
相続において「借金」がある可能性があるとき、相続人は限定承認や相続放棄といった選択肢を取ることがあります。
一方で、被相続人が生前に遺言書を残し、その内容に基づいて手続を進める「遺言執行者」が選任されていた場合、相続人の放棄や限定承認と、遺言執行者の権限・対応は、非常に複雑な関係を生み出します。
この記事では、相続手続の現場で起こりがちな落とし穴にも触れながら、相続放棄・限定承認と遺言執行者の関係性を、実務的に解説します。
1.限定承認・相続放棄とは何か?
まずは基本的な概念を確認しておきましょう。
(1)相続放棄とは
相続人が一切の財産(プラスもマイナスも)を受け取らず、「相続人でなかった」ことになる制度です。主に多額の借金を背負いたくない場合に選択されます。
- 家庭裁判所への申述が必要
- 相続の開始を知ってから3か月以内に行わなければならない
- 他の相続人の法定相続分が増える(代襲相続がある場合も)
(2)限定承認とは
被相続人の財産の範囲内で債務を弁済するという条件で相続を受ける方法です。プラスの財産の範囲内でのみ債務を引き継ぐため、損をしない制度とも言えます。
- 相続人全員が一緒に申述しなければならない
- 家庭裁判所への申述が必要(3か月以内)
- 清算型の相続手続で、相続財産管理人のような役割を負う
2.遺言執行者とは何をする人か?
遺言執行者とは、被相続人の遺言内容を実現するために必要な事務手続を担う人物です。民法上は以下のような権限があります。
- 財産目録の作成と交付
- 遺贈の履行(不動産登記、預金解約など)
- 認知・廃除などの届出
- 財産管理・相続手続全般
遺言に「○○に不動産を相続させる」と書かれていれば、登記名義変更まで遺言執行者が単独で行えるなど、非常に強力な権限を持ちます。
3.相続放棄・限定承認と遺言執行者の関係性
では、こうした放棄・限定承認があった場合、遺言執行者はどう対応すべきなのでしょうか。
(1)相続放棄された場合の影響
相続放棄がされると、その者は「初めから相続人でなかった」ことになります。
したがって、放棄をした人が遺言書で遺贈を受ける側になっていたとしても、相続人としての権利はなくなるため、原則として遺言執行の対象外になります。
ただし注意点があります。
- 相続放棄が遺言執行者に知らされないまま進行する場合
- 家庭裁判所への申述が却下される場合
- 次順位の相続人の把握ミス
遺言執行者は、相続放棄が確定しているか(家庭裁判所の受理証明書の確認)、また誰が相続人として残っているかを明確にしてから手続を進めなければなりません。
特に、遺留分を持つ相続人が放棄しているかどうかの確認は非常に重要です。
(2)限定承認がなされた場合の影響
限定承認が選択されると、相続財産は「清算財産」として管理されます。
ここで問題になるのが、遺言執行者の役割と、相続人の役割が交錯することです。
- 相続人は「清算義務者」となり、資産と債務を整理して残余財産を分配する
- 遺言執行者は「遺言内容の実現」のために不動産の移転登記などを行おうとする
このとき、相続財産の「清算」が終わる前に、遺言執行者が登記を進めてしまうと、債権者から不当利得や詐害行為の疑いをかけられるリスクもあります。
4.実務で起こりがちな落とし穴
落とし穴1:相続放棄後の登記・解約
放棄があったにもかかわらず、遺言執行者が放棄した相続人に対して手続を進めてしまうケースがあります。これにより、不法行為や越権行為と見なされる可能性も。
→ 家庭裁判所の「相続放棄受理証明書」を取得し、確認を怠らないことが重要です。
落とし穴2:限定承認中の遺贈登記
限定承認の手続きが始まっている最中に、遺言執行者が不動産などの名義変更を進めてしまうと、「清算前の処分」となってしまい無効となる可能性があります。
→ 限定承認が選択された場合は、遺言執行の一時停止も検討する必要があります。
落とし穴3:代襲相続人の把握ミス
相続放棄がされたことで代襲相続人が発生することがあります。これを見落とすと、本来の相続人に遺贈されず、後日トラブルになるケースも。
→ 戸籍の収集・調査を通じて代襲相続人を確実に特定しましょう。
5.遺言書を作成する段階での工夫
被相続人の生前に遺言書を作成する段階で、放棄・限定承認の選択肢を視野に入れた文言を入れておくと、遺言執行者の負担を軽減できます。
例
- 「相続人が相続放棄をした場合には、代襲相続人がいる場合は代襲相続人に、いない場合は次順位の相続人に本遺贈をさせる」
- 「限定承認がなされた場合には、清算後に残る財産の範囲で本遺贈を執行する」
このように予防的な条項を盛り込むことで、遺言執行者と相続人の混乱を未然に防ぐことが可能です。
6.まとめ 専門家の伴走が不可欠な領域
限定承認や相続放棄は、非常に繊細かつ法律的な判断を要する制度です。そして、それと併存する遺言執行という制度もまた、法的リスクの高い業務となります。
江東区や那覇市において相続・遺言に関するサポートを必要としている方は、次のような場面で専門家にご相談されることをおすすめします。
- 遺言執行者に指名されたが、放棄や限定承認が発生している
- 自筆証書遺言に不安があり、トラブルのない形で遺言を残したい
- 借金があるかもしれず、相続放棄や限定承認を検討している
行政書士や弁護士など、相続法制に通じた専門家とともに、的確かつ安心な相続手続を進めましょう。