遺産分割協議がまとまる前に被相続人の預貯金の払い戻しが可能になった制度の創設について

遺産分割協議は、相続人間で被相続人の遺産をどのように分配するかを決定する重要な手続きです。しかし、遺産分割協議が長引く場合、相続人は日常生活や葬儀費用の支払いなどに困難を抱えることがあります。これまで、日本の法律では遺産分割が確定するまで、相続人が被相続人の預貯金を自由に引き出すことが困難でしたが、2019年の民法改正により、この状況が大きく変わりました。この記事では、この改正内容について、時系列と判例を交えながら詳しく解説します。

1. 改正前の状況と問題点

改正前の日本の民法では、被相続人の預貯金は「遺産の一部」として扱われ、相続人全員の合意がなければ引き出すことができませんでした。これは、相続人が複数いる場合に特に問題となり、相続人全員の同意が得られないと、葬儀費用や生活費の支払いに困るケースが多発していました。

この背景には、2016年の最高裁判決が影響しています。この判決では、預貯金は「可分債権」としてではなく「遺産の一部」として取り扱われるべきだとされました。これにより、相続人の一部が単独で預貯金を引き出すことができなくなり、遺産分割が完了するまで預貯金が凍結される事態が多発しました。

2. 2019年の民法改正

こうした問題を解消するため、2019年に民法が改正されました。この改正により、相続人は遺産分割協議が終わる前でも、一定の範囲内で被相続人の預貯金を払い戻すことが可能となりました。具体的には、相続人は以下の条件のもとで、遺産分割前に預貯金を引き出すことができます。

・預貯金の払い戻し額は、同一金融機関ごとに「150万円」を上限とする。

・払い戻し請求できる金額は、被相続人の預貯金の総額の3分の1に相続分を乗じた額を上限とする。

この改正により、相続人は遺産分割前に一定の金額を生活費や葬儀費用に充てることができるようになり、遺産分割協議が長引いた場合でも、日常生活に大きな支障を来すことがなくなりました。

3. 改正に至る経緯と判例

2016年の最高裁判決が、遺産分割前の預貯金の取り扱いについての議論を活発化させる契機となりました。この判決では、被相続人の預貯金は「遺産の一部」として、遺産分割前には相続人が単独で払い戻すことができないとされました。この判決により、多くの相続人が困難な状況に直面し、立法による解決が求められるようになりました。

その後、2018年に「預貯金の仮払い制度」に関する議論が国会で行われ、2019年の民法改正に至りました。この改正は、相続人の生活を守るための重要な法改正であり、特に葬儀費用や急な支払いに対応するために有効です。

4. 時系列で見る民法改正と判例の流れ

2016年12月19日:最高裁判所が「預貯金は遺産分割前に相続人が単独で払い戻すことはできない」とする判決を下す。

2018:預貯金の仮払いに関する議論が国会で行われる。

2019年7月1日:民法改正が施行され、遺産分割前に預貯金の払い戻しが一定の条件下で可能となる。

5. 改正後の具体的な手続き

改正後の制度では、相続人が遺産分割前に預貯金を払い戻すための手続きが簡素化されました。相続人は、以下の手続きを行うことで、預貯金を引き出すことができます。

・銀行に対する請求書の提出:相続人は、銀行に対して払い戻しを請求する書類を提出します。ここで必要となるのは、相続人が誰であるかを証明する戸籍謄本や被相続人の死亡届などの書類です。

・銀行の対応:銀行は、相続人からの請求書を受け取り、支払い可能な金額を計算します。これには、150万円の上限が適用されるほか、被相続人の預貯金総額の3分の1を相続分に応じて計算した額も上限となります。

・支払い:銀行が計算した金額を相続人に払い戻します。

6. 実務上の留意点

この改正により、相続人が預貯金を早期に利用できるようになった一方で、いくつかの注意点もあります。

・相続人間のトラブル防止:仮払いを受けた相続人が、その金額を他の相続人に報告しない場合、後にトラブルになる可能性があります。そのため、仮払いを受ける際には、他の相続人と情報を共有することが重要です。

・金額の制限:仮払い制度で引き出せる金額には限度があります。そのため、全ての費用を賄うことができない場合もあります。この点を理解し、事前に費用の見積もりを行うことが推奨されます。

7. まとめ

2019年の民法改正により、遺産分割前でも一定の条件下で被相続人の預貯金を払い戻すことが可能になりました。この改正は、相続人の生活を守り、遺産分割協議が長引くことで生じる不便を解消するための重要な一歩です。改正の背景には、2016年の最高裁判決があり、これを契機に多くの議論が行われ、法改正が実現しました。

相続において、法改正は頻繁に行われるため、最新の情報を常に把握することが重要です。

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