相続トラブルを防ぐために―遺言書で「特別受益」をどう明記すべきか?

相続トラブルの多くは、「誰がいくら相続するのか」が明確でないことから始まります。
特に、ある相続人が生前に多額の援助を受けていた場合、他の相続人が不満を持つことが少なくありません。これが「特別受益」の問題です。

「長男に住宅資金を出した」「次女の留学費用を負担した」など、親が善意で行った支援が、後の相続争いの火種になることも。
そこで重要になるのが、遺言書の書き方です。

この記事では、「特別受益を遺言書にどう明記すればよいか」を中心に、相続の公平性を保ち、円満な相続を実現するためのポイントを、実例を交えてわかりやすく解説します。


目次

1. なぜ遺言書に特別受益を明記する必要があるのか?

まず、特別受益とは、相続人のうち特定の者が被相続人から生前に受けた特別な財産的給付を指します。たとえば:

  • 生前贈与(住宅購入資金、開業資金、結婚費用など)
  • 無償での土地や建物の譲渡
  • 学費の負担など

このような給付があった場合、他の相続人との不公平を是正するために「持ち戻し計算」を行うのが原則です。つまり、受け取った分を相続財産に加えて計算し直すのです。

しかし、被相続人が「持ち戻しをさせたくない」と思っていた場合はどうなるでしょうか?
このときに重要なのが、「持ち戻し免除の意思表示」です。

そしてこの意思表示は、遺言書で明示的に行っておくことが最も確実なのです。


2. 「持ち戻し免除の意思表示」とは?

民法903条3項では、次のように定められています。

被相続人が、特別受益について相続財産に持ち戻さない旨の意思表示をしたときは、その意思に従う。

つまり、被相続人が「これは特別な支援だけど、相続には含めないでほしい」と明示すれば、特別受益の持ち戻しが免除されるのです。

この意思表示を口頭で伝えただけでは証拠にならず、争いのもとになることも多いため、遺言書で明記しておくことが非常に重要になります。


3. 遺言書での特別受益の明記方法

遺言書に特別受益を明記する際には、次の2点を明確にする必要があります。

  1. どの相続人に、どのような給付を行ったか
  2. それを特別受益とするのか、持ち戻し免除とするのか

以下に、具体的な記載例を紹介します。


【ケース1】特別受益として持ち戻しをさせる場合

私は長男〇〇に対し、令和○年○月○日、住宅購入資金として金1,000万円を贈与した。
この贈与は特別受益とし、相続財産に持ち戻して相続分の計算に加算するものとする。

このように書くことで、他の相続人に対して「長男にはすでに1,000万円渡している」という前提で、相続分を公平に調整することができます。


【ケース2】特別受益の持ち戻しを免除する場合

私は長女〇〇に対し、令和○年○月○日、留学費用として金500万円を贈与したが、
これは特別受益には該当せず、相続財産に持ち戻すことを免除する。

このように明記しておくことで、「生前に援助したが、それは相続に含めないでよい」という意思が明確になります。
これがないと、他の相続人から「その分も相続財産として扱うべきだ」という主張が出る可能性があります。


4. 公正証書遺言での記載がおすすめ

遺言書には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」などの種類がありますが、特別受益のような微妙で争いになりやすい内容を含める場合は、公正証書遺言の作成をおすすめします。

公証人が関与することで、

  • 記載内容の不備を防げる
  • 遺言能力(判断力)について疑義を持たれにくい
  • 家庭裁判所の検認が不要

といったメリットがあり、より確実に法的効力を持たせることができます。


5. 明記しないことで生じるトラブル例

明記を怠ったことで、実際に争いとなった例を紹介します。

実例:生前贈与と相続で揉めた兄弟

  • 被相続人(父)は、生前に長男へ事業資金として1,000万円を援助
  • 遺言書には、誰にどの財産を相続させるかしか記載なし
  • 次男・三男は「特別受益があるのに、法定相続分と違うのは不公平」と主張
  • 結果、家庭裁判所の調停に発展し、相続手続が数年に及んだ

このように、生前贈与の事実とその法的評価(特別受益か否か、持ち戻すか否か)が曖昧だと、相続人同士の対立を生みやすくなります。


6. 補足:遺留分への影響も考慮を

特別受益があっても、他の相続人の遺留分を侵害するような内容であれば、遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。

そのため、特別受益の明記とあわせて、

  • 相続財産全体のバランス
  • 各相続人の遺留分に配慮した分配設計

も重要になります。

遺言書で遺留分への配慮が欠けている場合、せっかくの明記も意味を持たなくなることがあるので、専門家の助言を得ながら構成することをおすすめします。


まとめ

特別受益をめぐる争いは、被相続人の「善意」が原因であることが多く、非常に残念なことです。
しかし、遺言書で明確に意思表示を行っておけば、その善意が家族のトラブルに発展することは避けられます。

特別受益を遺言書に明記する際のポイントは以下の通りです:

  • 生前に贈与した具体的内容(金額・年月日・目的)を明記
  • 特別受益とするのか、持ち戻しを免除するのかを明示
  • 公正証書遺言による確実な証拠化を検討する
  • 相続人の遺留分にも十分配慮した構成にする

江東区や那覇市のように、都市部では不動産や高額資産の相続が絡むことも多く、些細な記載の有無が争いの原因になります。
円満な相続のために、特別受益の扱いはぜひ遺言書で明確にしておきましょう。

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