遺言書の内容と異なる分割協議がなされそうなとき、遺言執行者はどう対応すべきか?

遺言書は被相続人の最終意思を示す法的文書であり、その内容を実現するために「遺言執行者」が選任されることがあります。しかし、実務の現場では、遺言の内容と異なる内容で相続人全員が新たに協議しようとするケースも少なくありません。

では、そのようなとき、遺言執行者は遺言どおりに執行すべきなのか、それとも相続人の合意に従うべきなのか。この記事では、このような場面における遺言執行者の権限と義務、そして実務での対応方法について詳しく解説していきます。

目次

1.そもそも遺言執行者とはどんな立場?

まず、遺言執行者の基本的な位置づけを確認しておきましょう。

民法における遺言執行者の役割

遺言執行者は、被相続人の遺言内容を実現することを使命とする存在です。民法第1012条により、「遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」とされており、以下のような権限を持ちます。

  • 不動産の登記手続(遺贈など)
  • 金融機関での名義変更・解約
  • 相続人廃除・認知の届出
  • 財産目録の作成・交付 など

つまり、遺言執行者は相続人の代理人ではなく、被相続人の最終意思を実現する立場にあるという点が重要です。

2.遺言と異なる分割協議を行いたいと相続人が希望した場合

さて、実際の相続現場では、次のような声が上がることがあります。

  • 「遺言では長男にすべての財産を遺贈すると書いてあるけれど、弟たちにも公平に分けたい」
  • 「相続税の負担を分け合うため、遺言と違う配分にしたい」
  • 「遺言どおりだと、遺留分侵害額請求が起きるので避けたい」

このような希望が出てきたとき、遺言執行者はその希望に従って柔軟に対応すべきなのか?という点が、実務上の争点になります。

3.法的には「原則、遺言通り」が大前提

遺言執行者は被相続人の意思を優先すべき

繰り返しになりますが、遺言執行者は相続人の代表ではなく、被相続人の意思の実現者です。したがって、遺言内容に反する行為を行うことは、基本的には職務違反となるおそれがあります。

たとえば、遺言で「Aに不動産を遺贈する」と記載されていた場合、その不動産をA以外の相続人に分配するような登記申請をすることは、遺言執行者の権限逸脱にあたります。

4.例外的に「相続人全員の合意」があれば遺言と異なる分割も可能

ただし、次の条件をすべて満たす場合、遺言内容と異なる相続分配を実現することも可能です。

全員の合意があること

相続人全員が遺言内容に反してでも新たな分割協議に合意していることが前提です。1人でも異を唱えれば、その分割協議は成立しません。

遺言の内容が「相続させる」遺言であること

たとえば、「長男に自宅を相続させる」という**特定財産承継遺言(相続させる遺言)**の場合、遺言の効力で自動的に所有権が移転します。したがって、相続人全員が別の分割内容で合意していても、遺言で指定された相続人が遺言内容の放棄に同意する必要があるのです。

相続人による遺言執行者への明確な指示があること

遺言執行者としては、被相続人の意思に背く行為となるため、書面での指示を相続人全員から受け取ることが望ましいです。

【例】
「本来、遺言書の内容により長男Aに不動産を相続させることとなっているが、相続人全員の協議により本件不動産は次男Bが取得することに同意した。」といった相続人全員署名押印の協議書を作成しておくと安心です。

5.遺言執行者が注意すべき実務上の落とし穴

(1)相続人全員の合意が不完全なまま手続を進めてしまう

→ 万が一後から異議を唱える相続人が現れれば、遺言執行者が損害賠償請求などの責任を負う可能性もあります。必ず「全員合意」であることの証拠を残すことが重要です。

(2)遺贈に関する部分と混同して手続を行う

→ 「○○に相続させる」と書いてある部分は相続人に対する相続財産の承継なので相続分割協議で変更可能ですが、「○○に遺贈する」と記載されている第三者への遺贈については、原則として相続人の協議で変更することはできません。慎重な判断が求められます。

(3)税務上の問題を考慮していない

→ 遺言と異なる遺産分割を行う場合、相続税の申告内容に影響が出ることがあります。相続税の二重課税や申告ミスを防ぐためにも、税理士と連携して処理を進めることが望まれます。

6.まとめ 遺言執行者は「忠実な執行者」としての自覚が必要

遺言書と異なる分割協議がなされそうな場面では、感情的な調整法的な判断が交錯するため、遺言執行者の立場も難しいものになります。

とはいえ、遺言執行者はあくまで被相続人の意思を実現することが第一義的な使命であり、相続人の要望がどれだけ強くても、法的な裏付けや合意形成がなければ応じることはできません

遺言執行者として注意すべき実務対応

  • 遺言どおりの執行を原則とする
  • 相続人全員の明確な合意がある場合に限り、柔軟な対応を検討する
  • 書面での協議書や合意書を必ず残す
  • 遺贈部分か相続部分かを明確に区別する
  • 税務面でも専門家と連携する

相続手続は一度きりの大きなライフイベントです。誤った判断や手続の漏れが、大きな紛争につながることもあります。少しでも不安や疑問があれば、江東区・那覇市をはじめとする地域で実務に通じた行政書士や弁護士に早めにご相談されることをおすすめします。

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