複数の遺言執行者が指定されている場合の役割分担と調整の実務

相続人の間でのトラブルを未然に防ぎ、被相続人の最終意思を確実に実現するためには「遺言執行者」の存在が欠かせません。そして最近では、より確実で公正な執行を目的に、複数の遺言執行者を指定するケースも増えています。

しかしながら、複数の遺言執行者がいる場合、その権限や分担、調整方法を明確にしておかないと、かえって手続きが滞ったり、法的な紛争に発展したりする可能性もあります。

今回は、複数の遺言執行者が指定された場合の法的枠組みと、実務上の注意点、そしてトラブルを未然に防ぐ調整方法について、東京都江東区および沖縄県那覇市の相続実務を踏まえつつ、具体的に解説します。

目次

1.複数の遺言執行者の指定は可能か?

結論から言えば、複数の遺言執行者を指定することは可能です。これは民法でも明確に認められており、特に以下のような理由から複数指定されるケースがあります。

複数指定の主な理由

  • 相続財産の種類が多く、執行範囲が広いため
  • 専門性の異なる執行者が必要(例:不動産に強い者と金融資産に強い者)
  • 公平性を重視し、利害関係の異なる相続人に近い立場の者を分散
  • 一人で負担するには高齢・体力面で不安がある場合

遺言書には「○○と△△を遺言執行者に指定する」と書かれていれば、共同執行者として指定されたことになります。

2.共同遺言執行者の権限と基本ルール

複数の遺言執行者が指定された場合、原則として全員が「共同して」執行事務を行うことになります。
この原則を理解しておかないと、思わぬ手続き上のトラブルが発生しかねません。

民法の原則

民法第1016条(遺言執行者が数人あるとき)
遺言執行者が数人あるときは、その任務は、共同してこれを行う。

共同執行の意味

たとえば、相続財産目録の作成や不動産の登記申請、預金の解約・名義変更など、基本的にすべての行為は共同して行う必要があります
勝手に一人で手続を進めると、その行為は無効となる可能性があります。

3.実務上の問題点と混乱しやすいケース

複数の遺言執行者を指定することは一見公平ですが、現場では以下のような混乱が生じやすいのが実情です。

問題①:役割分担が曖昧

「誰が何を担当するか」が決まっていないと、手続の重複や放置が起き、進行が遅れます。

問題②:判断の不一致

遺産の換価、遺贈実行のタイミング、相続人への説明など、意見が合わない場合に調整が難航します。

問題③:一方が辞任・病気等で対応不可に

1人の執行者が病気で動けない、音信不通、辞任を申し出た、という場合、残る執行者だけで対応可能かどうかが問題になります。

4.トラブルを防ぐ具体的な対策

こうした混乱を防ぐためには、次のような対策が有効です。

(1)遺言書に明確な役割分担を記載する

例:

  • 「金融資産の執行については○○が担当する」
  • 「不動産の名義変更および納税手続は△△が担当する」

※このような文言を記載することで、事実上の役割分担を明示し、混乱を避けることが可能です。

(2)1人を「代表遺言執行者」と定めておく

実務上は、複数名の中から1名を「代表」として定め、その者が中心となって事務を遂行することでスムーズな執行が可能になります。

※民法には「代表執行者」という制度は明記されていませんが、遺言書に「○○を中心とした協議により執行を進める」といった文言を盛り込むことは可能です。

(3)協議書または覚書を作成する

遺言執行者間で協議し、作業手順や分担を明文化した覚書を交わすことも有効です。これにより、口頭での行き違いを防ぎ、後の紛争リスクを抑えられます。

5.代表的な分担方法とその実務例

以下は、江東区・那覇市における相続案件でよく見られる分担例です。

例1:専門家+相続人の共同執行

  • 専門家(弁護士や行政書士):財産目録作成、名義変更、相続登記
  • 相続人の一人:被相続人の遺品整理、保険解約の立会い、相続人間の連絡調整

例2:金融資産と不動産で分担

  • A氏:証券口座・預金関係の解約や振込
  • B氏:不動産の相続登記や売却手続

いずれも、あらかじめ役割を明確にしておくことで、スムーズに執行されています。

6.執行者の意見が対立した場合の解決手段

意見が一致しない場合、放置しておくと手続が進まなくなります。このようなときは、以下の手段が検討されます。

(1)家庭裁判所への相談・申立て

遺言執行者の間で重大な対立があり、職務遂行が困難な場合、家庭裁判所に「執行者の解任」や「調整措置の申立て」を行うことができます。

(2)相続人による申し入れ・監視

相続人は、執行状況に対して異議を述べたり、情報開示を求めたりすることができます。執行者が職務を著しく怠っている場合は、相続人から裁判所へ解任請求も可能です。

7.遺言者・相続人への実務的アドバイス

遺言者へのアドバイス

  • 複数指定する場合は、役割分担も明記しましょう
  • 代表者や主導権を握る人を指名しておくと円滑です
  • 信頼できる第三者を1人指定するのも有効です(例:行政書士や信託銀行)

相続人・受遺者へのアドバイス

  • 執行者が複数いる場合、連携のとれた動きが期待できないこともあるため、進捗管理が重要です
  • トラブル時には、専門家のサポートを早めに受けることで問題を最小限に抑えられます

8.まとめ

複数の遺言執行者を指定することには、公平性や機動性の確保といったメリットがありますが、一方で連携の難しさや手続きの煩雑さといった実務上のリスクも抱えています。

そのため、指定する際は、明確な役割分担や主導者の明示、覚書の作成などによって、できる限り円滑に執行が行える体制を整えておくことが極めて重要です。

相続は「人と人との協働」によって進んでいくものです。信頼できる執行者を選び、連携の取れた実務運営ができるよう、遺言書の設計段階から戦略的に準備しておくことが、円満な相続の第一歩といえるでしょう。

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