
遺言の内容を実現するために選ばれる「遺言執行者」は、相続手続きにおいて非常に重要な役割を担います。
しかし、現実には遺言執行者が遺言の内容を適切に執行しない、あるいは相続人と対立する、病気で職務が果たせないなどの事情により、遺言執行が滞るケースも少なくありません。
そのような場合、遺言執行者の解任や交代を検討する必要があります。
この記事では、遺言執行者の法的位置づけ、解任や交代の要件と手続、実務上の注意点について詳しく解説していきます。
1.遺言執行者とはどのような存在か?
遺言執行者とは、被相続人の遺言の内容を実現するために、相続手続全般を担う者をいいます。
民法では、以下のように規定されています。
民法第1012条
遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
つまり、遺言執行者は、相続人の代理人ではなく、被相続人の最終意思を忠実に実現する中立的な立場の存在です。
◆ 主な業務内容
- 相続財産目録の作成・交付
- 預貯金や不動産の名義変更・解約
- 特定財産の遺贈執行
- 相続人廃除・認知などの届出
- 税金の納付や債務弁済
2.遺言執行者を解任・交代できるのか?
結論から言えば、家庭裁判所の許可を得て、遺言執行者を解任・交代させることは可能です。
ただし、遺言執行者の立場は法律によって保護されているため、単に「気に入らない」「対応が遅い」といった理由では解任できません。
解任が認められるには、明確な理由が必要です。
3.遺言執行者の解任が認められる法的条件
● 民法第1019条(遺言執行者の解任)
遺言執行者がその任務に適しない事由があるときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、これを解任することができる。
◆ 任務に適さない事由とは?
具体的には、以下のような場合が該当します。
(1)職務懈怠(任務を果たさない)
- 執行すべき相続財産の管理を怠っている
- 被相続人の意思に反した行為をしている
- 正当な理由なく遺言の執行を先延ばしにしている
(2)不正行為・背任行為
- 財産を自己の利益のために使っている
- 他の相続人に不利になる操作を意図的に行っている
- 偽造文書を提出したり、虚偽の財産目録を作成している
(3)病気や高齢による職務不能
- 重病や認知症等により業務の遂行が困難な状態にある
- 連絡が取れず、相続手続きが停滞している
(4)相続人との重大な対立や信頼関係の喪失
- 相続人との紛争が激化し、職務遂行が現実的でなくなった
- 中立性が失われたと判断される場合
4.遺言執行者の解任手続き
◆ 誰が請求できるのか?
- 相続人
- 受遺者(遺言で財産を受け取る人)
- その他の利害関係人(債権者など)
◆ 解任の流れ
- 家庭裁判所に「遺言執行者解任の申立て」
- 解任事由を証明する資料(通帳、連絡履歴、診断書など)の提出
- 裁判所による審理・事情聴取
- 解任決定
※緊急性がある場合、仮の執行者選任などの対応が取られることもあります。
5.解任後の対応 新たな遺言執行者の選任
◆ 被相続人の遺言に「補充執行者」が指定されている場合
その者がそのまま就任し、引き続き執行手続きを行います。
◆ 補充執行者の指定がない場合
相続人または利害関係人が家庭裁判所に申し立てを行い、新しい遺言執行者を選任してもらいます。
※補充執行者の指定があるかどうかは、遺言書の記載をしっかり確認しましょう。
6.実務で注意すべきポイント
(1)安易な申立ては逆効果になることも
遺言執行者の解任申立ては、「対立の象徴」として相続人間の感情的対立を悪化させる原因にもなります。
申立て前に、まずは信頼関係の修復や第三者(行政書士・弁護士など)による間接的な調整を検討することも重要です。
(2)責任を問うためには証拠が不可欠
遺言執行者の不正や職務懈怠を理由に解任請求するには、明確な証拠の提出が求められます。
「連絡が遅い」「説明が曖昧」といった主観的な理由だけでは裁判所に認められにくいのが現実です。
(3)専門家に依頼しておくとトラブルが起きにくい
遺言執行者として、相続人の一人ではなく中立な第三者(行政書士・弁護士など)を指定しておくことで、解任をめぐるトラブルを防止できます。
7.まとめ
遺言執行者の役割は非常に大きく、その人選ひとつで相続手続全体の円滑さが左右されます。
万が一、遺言執行者が職務を適切に果たさなかった場合でも、民法上の制度を活用すれば、家庭裁判所の判断によって適切な交代が可能です。
◆この記事の要点
- 解任は「任務に適しない事由」がある場合に限られる
- 手続は家庭裁判所への申し立てが必要
- 解任後は補充執行者か、新たに選任された者が就任
- 事前に専門家を執行者にしておくとトラブル防止に有効
遺言執行者の人選ミスや職務懈怠は、相続手続を長期化させ、トラブルの火種になります。
初めから信頼できる行政書士や法律専門職を遺言執行者に指定する、あるいは困ったときに第三者がサポートに入れる体制を整えておくことが大切です。