
遺言や生前贈与によって、自分の財産を好きなように分配したいと考える方は多いことでしょう。しかし、その「自由な財産処分」に対して、民法は一定の歯止めを設けています。それが「遺留分制度」です。
この制度の中でも特に注意すべきなのが、「遺留分を侵害する生前贈与」です。
「何年も前に贈与した財産が、相続の時になって遺留分侵害だと主張されるのか?」「贈与すれば相続とは無関係になると思っていた」――このような誤解が、トラブルの原因となっています。
この記事では、遺留分と生前贈与の関係性を明らかにし、どのような贈与が遺留分の対象になるのか、そして実務上の注意点について詳しく解説します。
1. 遺留分とは?簡単なおさらい
遺留分とは、一定の相続人に保障される最低限の相続分を意味します。
被相続人(亡くなった方)が遺言によって一部の相続人にすべての財産を渡すように定めたとしても、他の相続人には「最低限の取り分」として遺留分が認められています。
遺留分を有する相続人
遺留分が認められるのは、以下の相続人に限られます。
- 配偶者
- 子(またはその代襲者)
- 直系尊属(親など)
※兄弟姉妹には遺留分はありません。
2. 遺留分侵害額請求とは
遺留分を侵害された相続人は、「遺留分侵害額請求」という権利を行使することができます。
これは、侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを、相続によって財産を取得した人(受遺者や受贈者)に対して請求できるという制度です。
※この権利は、相続開始と遺留分侵害を知ったときから1年、または相続開始から10年以内に行使しないと時効で消滅します。
3. 生前贈与も遺留分侵害の対象になる
遺留分侵害額請求の対象になる財産は、亡くなった時点の遺産に限りません。
実は、「一定期間内に行われた生前贈与」も、遺留分を侵害する行為として取り扱われる場合があります。
では、具体的にどのような贈与が対象になるのか、見ていきましょう。
4. どのような生前贈与が遺留分侵害の対象になるのか?
(1)相続人に対する贈与
被相続人が相続人(たとえば子や配偶者など)に対して生前贈与をしていた場合、相続開始前10年間に行われた贈与が遺留分侵害額請求の対象になります。
この「10年以内」という期間は、令和元年7月1日施行の改正民法で新設されたルールです。
(例)
被相続人が亡くなる5年前に、長男に不動産を贈与した → これは遺留分の計算対象になる可能性があります。
※それ以前の贈与(11年以上前など)は原則として対象外になります。
ただし、「贈与の時期を隠していた」「実質的に遺産の先渡しだった」などの場合は、時効の起算点が争点になることもありますので注意が必要です。
(2)相続人以外に対する贈与
被相続人が相続人以外の第三者(たとえば内縁の配偶者、友人、法人など)に贈与を行っていた場合、原則として時期に関係なく、すべてが遺留分侵害額請求の対象になります。
(例)
15年前に被相続人が知人に土地を無償で譲渡していた → これも対象になり得ます。
ただし、「社会通念上、相当と認められる贈与(たとえばお中元やお歳暮、扶養の一環としての贈与など)」については、通常、侵害の対象とはされません。
(3)特別受益とされる贈与
生前贈与が「特別受益」とみなされた場合、それは相続分の算定にあたって持ち戻される財産とされます。
これは、ある相続人が特に多くの援助(住宅取得資金、学費の全額援助、開業資金など)を受けていた場合などに適用されます。
この特別受益も、遺留分計算に影響を与えるため、過去の贈与内容を整理しておくことが重要です。
5. 実務上よくあるトラブル事例
事例① 生前贈与を受けた長男に遺留分請求
父が生前に長男に土地と現金を贈与。遺言では「長男にすべてを相続させる」と記載。
他の相続人が「遺留分を侵害している」と主張し、長男に金銭の支払いを求めて争いに。
→ 10年以内の贈与であれば、遺留分侵害の対象となり、金銭請求が成立する可能性が高い。
事例② 10年以上前の贈与を請求対象にできるか?
母が亡くなる15年前に、内縁の夫に高額な現金贈与。
→ 相続人から「遺留分が侵害された」として請求されたが、贈与から10年以上経過しているため、原則として遺留分侵害額請求の対象外とされる可能性が高い。
ただし、贈与の事実を最近知ったばかりという場合には、「知った時」から1年以内であれば、請求の余地が生じることもある。
6. 遺留分と生前贈与をめぐる実務対応のポイント
(1)過去の贈与記録を整理しておく
相続が発生する前に、生前贈与の履歴を明確にしておくことがトラブル予防になります。金額、時期、贈与の内容などを記録し、贈与契約書を保管しておくとよいでしょう。
(2)遺留分を考慮した遺言書の作成
遺言によって財産を特定の相続人や第三者に渡す場合、他の相続人の遺留分を侵害していないか、慎重な確認が必要です。遺言作成の際は、専門家によるチェックを受けましょう。
(3)生前贈与に関する説明を家族に行う
生前贈与を行った場合は、他の相続人に事情を伝えておくことで、後の感情的な対立を避けることができます。
7. 江東区・那覇市における生前贈与と遺留分の注意点
都市部である東京都江東区や、親族関係が密接な沖縄県那覇市では、生前贈与が事実上の「相続の先渡し」とみなされることも多く、トラブルが起こりやすい傾向があります。
とくに、自宅や事業用不動産の名義変更などは遺留分侵害の原因になりやすいため、専門家による事前のリスク診断をおすすめします。
まとめ 生前贈与も“相続”の一部と考える時代
「生前に渡したから関係ない」「遺言で書いてあるから大丈夫」、このような考え方は現代の相続制度のもとでは非常にリスクが高いといえます。
生前贈与も、相続人の最低限の権利=遺留分を侵害していないかどうか、という視点でチェックされます。
そのため、贈与のタイミングや対象者、金額、贈与の趣旨などを慎重に検討する必要があるのです。
東京都江東区や沖縄県那覇市で生前贈与や相続についてお悩みの方は、贈与と遺留分の関係を正しく理解し、事前に備えておくことが円満な相続の第一歩となるでしょう。