
建設業許可を取得するためには、「適正な経営体制」が整っていることが要件の一つとされています。そして2020年10月の建設業法改正では、この「適正な経営体制」に関する要件が大きく見直され、従来の「経営業務の管理責任者」制度に代わる新たな枠組みとして、5つの基準が示されました。
本シリーズ第3回では、その中でも特に新設された補完制度(④・⑤)の趣旨と実務的なポイントを中心に、制度の背景と運用上の注意点を詳しく解説していきます。東京都江東区および沖縄県那覇市で新たに建設業許可を取得しようとされている方や、役員構成の見直しをご検討中の方にとって、制度の理解と実務対応は不可欠です。
1.④・⑤の制度概要と「補完体制」の要件
新制度では、以下のような形で④および⑤の基準が設けられました。
- ④:建設業に関し2年以上の役員等としての経験があり、かつ5年以上にわたり役員に準ずる地位(財務・労務・業務運営に限る)にある経験がある者
- ⑤:5年以上の役員等としての経験を有し、かつそのうち建設業に関して2年以上の役員等経験がある者
これらの基準に該当する方が常勤役員として営業所に在籍している場合、一定の条件を満たせば「適正な経営体制あり」と判断されます。ただし、④・⑤の制度には共通の要件として、「補完体制の構築」が求められます。
具体的には、常勤役員を補佐する人材として、以下のいずれかに5年以上従事した経験を有する方が社内にいる必要があります。
- 財務管理
- 労務管理
- 業務運営
補佐人材は複数名でも構いませんし、1名で3つの分野すべてをカバーしても構いません。
2.制度趣旨 なぜ補完体制が必要なのか?
④・⑤の制度が設けられた背景には、時代の変化と建設業界の構造的な課題があります。
従来の「経営業務の管理責任者」制度では、建設業において5年以上の役員経験がなければ許可を取得できず、次世代への事業承継や異業種からの参入が困難になっていました。これに対して、令和2年改正は次のような柔軟性を導入しました。
- 他業種から建設業への転換を図る事業者を受け入れやすくする
- 家族経営や中小企業において、若手役員が段階的に経営に参画できる仕組みを整える
- 財務や労務といった経営管理の各分野について、実務経験を積んだ社員によるサポート体制の構築を評価する
このように、④・⑤は単なる“妥協的基準”ではなく、チームによる経営体制を制度的に認めた、新しい形の「適正な経営体制」なのです。
3.④・⑤該当者の判断ポイント
実務上、④・⑤に該当するかどうかを判断するためには、以下の点が重要です。
(1)役員としての在籍証明
登記簿謄本などで確認される在籍期間が必要です。役員等とは、取締役・執行役・理事・業務を執行する社員(合名・合資・合同会社の社員)などを含みます。
(2)役員に準ずる地位の定義(特に④)
「役員に準ずる地位」とは、取締役ではないが、財務や労務、業務運営の管理職として責任ある立場にあった方を指します。たとえば、経理部長、人事課長、現場統括責任者などが該当する可能性があります。
ただし、単なる実務担当者ではなく、経営判断に影響を与える立場である必要があります。
(3)業務経験の証明資料
次のような資料で業務経験を証明します。
- 在職証明書
- 組織図
- 就業規則、業務分掌表
- 職務経歴書
- 上司の証明書(業務内容の説明含む)
これらを総合的に判断し、都道府県知事または国土交通大臣が「経営体制として適切」と認めれば許可が下ります。
4.補完体制の実務構築と証明の難しさ
補完体制を構築するうえで、最大の課題は「補佐する者」の業務経験をどのように証明するかです。補佐人材が「財務管理」や「労務管理」を行っていたことを示す証拠が必要ですが、多くの企業ではこのような情報が形式的に残されていないこともあります。
実務で多い課題例
- 経理・総務担当者が兼務しており、業務の切り分けが曖昧
- 社内規程が整備されていない
- 組織図がなく、役職・責任の範囲があいまい
- 担当者本人が退職しているため証明が困難
このような場合には、残された請求書・帳簿、稟議書、給与明細、業務マニュアルなどを収集し、経験を証明する材料として組み立てていく必要があります。
5.運用実態 自治体による判断の違い
④・⑤に関する審査の運用は、都道府県によって若干の温度差があります。
たとえば東京都では、証明資料に一定の厳格さを求める傾向があり、複数の資料提出を前提とした説明が必要になることもあります。一方で沖縄県では、中小規模の事業者が多い背景から、補佐人材の経験証明について柔軟に対応するケースも見られます。
ただし、いずれにしても「組織としての経営体制が妥当かどうか」を総合的に判断する点は共通しており、申請時には事前の相談や専門家による添付書類の整備が非常に重要です。
6.まとめ ④・⑤は“救済制度”ではなく“時代に合った制度”
④・⑤の制度は、「人材が足りない場合の救済措置」と捉えられがちですが、実際には「多様な経営体制を制度的に認める」時代に即した仕組みです。
東京都江東区や沖縄県那覇市のように、多様な経営形態が存在する地域では、こうした制度を積極的に活用することで、若手経営者や異業種からの参入者が建設業界に進出する道が開かれます。
経営体制の証明が難しい場合でも、諦めるのではなく、専門家の助言を受けながら準備を進めることで、許可取得の道が拓けるかもしれません。
次回(第4回)は、④・⑤に該当しない場合の選択肢と、補完体制を補強するための実務的工夫について詳しく解説していきます。