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努力したものが

報われる社会を作りたい

努力したものが

報われる社会を作りたい

みなさまへ

努力したものが報われる社会を作りたい努力したものが報われる社会を作りたい

私は父が工業用電動機の修理工であるエンジニア、母は専業主婦として家庭を支え、3歳年上の兄がおり、特別裕福でもありませんが東京の下町でごく普通の家庭に育ちました。

11歳の頃に坂本龍馬に憧れ、いつか日本を動かすような仕事がしてみたい、漠然ではありましたが子供心ながら政治家になりたいと思っていました。

私なりに勉学に励んだつもりでしたが、高校そして大学受験と志望校には届かず、自分自身の能力では政治家にはなれない、夢を諦めようと思っていた19歳の時に田中角栄 元首相の書籍と出会い、徒手空拳に学がないながらも懸命に努力し、夢を叶える姿に大変励まされ、彼のように困っている人や弱い立場にある方々のそばに立つ政治家になりたいと強く思うようになりました。

そして大学在学時にとある衆議院議員事務所へ一念発起で手紙を送って門を叩き、インターン生として身を置かせていただき、国会議員会館に通いながら議員秘書の先輩方を見様見真似して生の政治に触れる日々を送るようになりました。

就職活動を行ない新卒で会社に入りましたが、やはり政治の世界に身を置きたい、もっと政治の現場で研鑽を積んで政治家になりたいとの思いが募るようになり、生まれ育った江東区から選出していた代議士の秘書になりました。

秘書時代は毎日朝早くに出勤し、夜は日をまたぐようなこともあり、休みらしい休みはあまり記憶にありませんが、政治に関わっていられるという嬉しさと満足感で、約4年間に及んで上司の傍に仕えた日々は本当に充実した毎日でした。

その後、平成21年に執行される東京都議会議員選挙に挑戦しようと決心をし、秘書を退職しました。

この時の戦いは地元代議士の秘書をしていたにも関わらず、「今まで仕事でお付き合いがあった方々から相手にしてもらえず、おカネもなかった」というのが現実でした。

しかしこの経験が「しがらみをもたない、おカネをかけない」という私の政治家としての方向性を定めたような気がします。

投票所に足を運ぶ方々は秘書時代にお付き合いしていた方々だけではない、多くの声なき声を拾い集めようと思い、半年間に及び毎朝、区内各駅で政策ビラを配布し、日中は自転車に拡声器を括り付けて区内中を走り回り、志や政策を訴えていました。ちなみにこのスタイルは今でも変わりません。

結果は落選しましたが、泡沫だと言われていた私に9000人以上の多くの方々が票を投じてくださった結果に心から有難い気持ちでいっぱいになった事を昨日の事のように覚えています。

そして平成23年4月に江東区議会議員選挙で初当選させていただきました。「地盤・看板・カバン」がない私を支えてくれた仲間や家族、そして応援し続けてくださった方々にいつも感謝しています。

新自由主義が持てはやされるようになり、額に汗し懸命に努力するような価値観に重きをおかれなくなっているように感じています。

一部の者が労もせず所得を得たり、既得権益に胡坐をかき続ける社会でなく、懸命に頑張り努力した者が認められ、額に汗した者が報われ成功者として評価される世の中にしたいと思います。

私は決して器用な人間ではないかもしれませんが、全力で山積する諸問題の解決に取り組んでいきます。

プロフィール

見山 しんじ

見山 しんじ(みやま しんじ)

誕生日
1980年9月24日
血液型
A型
出身地
東京都江東区東砂
(先祖は江戸初期に荻新田(今の東砂1.2丁目 北砂6丁目)を開発した荻氏)

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